トップ 一覧 検索 ヘルプ RSS ログイン

FlightLog-何で飛行機マニアになってしまったのかの考察の変更点

  • 追加された行はこのように表示されます。
  • 削除された行はこのように表示されます。
!!!何で飛行機マニアになってしまったのか

何でか?
……説明するまでも無い気がするのですが。

ちなみにハンドルに使っている「Tsubasa」というのは本名です。ええ。
キャプテン翼でもタッキー&翼でもなく、それらが現れる前から私はずーっと「翼」です。

小さい頃はいじめられもしましたよ。
そりゃぁ、今のように何て読むんだかわからない==滑稽な==難解な名前が流行る前の時代ですからね。

ただ、
「何でそんな名前つけたんじゃ!!ヴォケぇぇぇぇぇ!」
と親を恨んだり曲がった人生歩んでしまわなかったのは多分偏に親の躾と本人の性格だからじゃないですかね。
なんせ、動物占いは「奇人変人のオオカミ」ですから。
人とは違う事が大好きなのです。
人生何が幸いするかわかったもんじゃありません。


それと、手元に無いので良く思い出せないのですが、私の生まれた時のアルバムに命名した理由が書いてあったんですが、そこになかなか泣かせる言葉が書いてあってですねぇ、

「人には心に翼があって欲しい」云々


なんて書いてありましたよ。
そういう期待を持ってこの世に生を受けて育てられてしまったのです。

あと、飛行機マニアになったのは疑うべくもなく幼児教育のせいでしょう。
私の親父も飛行機マニアです。
プラモデルを作り、ラジコンを作り、飛ばし、飛行機が見えるところではそれについて幼い私に説明をし、近年は各地の飛行クラブを訪問しては飛行機を撫で回してきたり、

はっきり言って真性です。

学術的には証明されていませんが、マニアは遺伝するんです。
後天性かもしれませんが。

ちなみに、飛行機マニアではないと思っていたウチの弟の息子と娘にも空にちなんだ名前がついていたりします。
弟が親父に逆らえなかったのか、もしくは隠れマニアだったのかは知りませんが、これでとにかく我が家では少なくとも3代にわたって「そーゆー」家系になってしまう可能性が発生してしまいました。

話を戻して、
そんなわけで、私は物心ついたときには既に飛行機の基礎教育をされた状態だったようです。
小学校の頃に何度か両親の田舎である北海道にいった事があって、その往復で当時としては珍しく飛行機に良く乗る機会があったことも多分原因の一端でしょう。
少なくとも幼心に「飛行機が揺れて怖い」とかそういうことは全く無く、むしろ楽しみで仕方が無かったです。

多分横田基地?の航空ショーも見に行ったし、何かあるとやっぱり見に行ったみたいです。

親父も昔はパイロットになりたかったらしくて色々勉強したようですが、諸般の理由で断念せざるを得なかったようです。
そんな思いもあってか、小さい頃には冗談半分、本気半分で「パイロットになれ」と言われたものです。
(今思うとかなり本気だったんじゃないかと…。)

中学校で部活が忙しくなる前までは良く親父に親父のラジコンを飛ばすところについていきました。
ついていったという事もあるのですが、多分共犯者が欲しかったのでしょう。
お袋は別に飛行機には特に興味が無いし、親父が家にいるときは公団の狭い家の中に新聞紙を敷き詰めてラジコン飛行機の製作に没頭してお袋の言う事に生返事をしたりしてちょくちょく夫婦喧嘩になっていましたから。
今でも大晦日前の大掃除の日に「飛ばし納め」に行ってしまい大掃除を一人でするハメになったお袋が帰ってきた親父を怒っているところを思い出します。

中学の終わりか高校になって我が家にもDOS/Vパソコンが来ました。
当時ン十万もする初期型のプラズマ単色ディスプレイのDynabookでしたが、どこで手に入れてきたのか英語版のMicrosoft Flight Simulatorもあったりして、英語もマニュアルも読めないのに遊んだものです。
パソコン自体は親父が会社から借りてきたものだったと思いますが、MSFSだってそんなに安いものじゃないでしょうに…。

でも、私も便乗してMSFSで遊んでしまったりしまして、パソコンの上で何台飛行機を落としたか今となってはわかりません。
時々親父が着陸の仕方とか操縦の仕方とか教えてくれましたが、スティック無しのフルキーボード操作だったし、マウスすらなかったので。
エンジンかけて、スロット押して離陸して、ちょっと左右に旋回して着陸しようとして堕ちるぐらいがせいぜいでした。

その後、親父はラジコン用のフライトシュミレータを海外から通販で買ったりしてまして、キーボードよりかはマシなのでそっちで遊んだりもしましたが、私はもっぱら視点を機内からのモードにして実機のようにしか飛ばしていなかったです。
(ラジコンを地上視点で飛ばすと、向かってくる時には舵が左右逆で混乱するし、ちょっと気を抜くと高度が上がりすぎて飛行機が点になってしまって姿勢がわからなくなるので。)

さてさて、月日は流れて社会人になってから。
割と近くに羽田空港があったので時々見に行って展望フロアで発着する飛行機を眺めたり、おみやげ物屋で飛行機関係のアイテムを見たりする程度で、もちろんパイロットにはなっておらず、普通のサラリーマンしておりました。

が、ある時ハワイ旅行に出かける事になりまして、ハワイの情報を旅行ガイドでゴソゴソ漁っていると、

'''小型飛行機操縦体験'''

なるものがあるではありませんか!!!!

しかも、値段もそれほどバカ高いものではなく、「インストラクター同乗」とあったので多分堕ちる心配も無いのでしょう。(と、いうか、堕ちるなんて事すら頭に無かった。)

「体験搭乗」なので全く操縦桿には触れずに遊覧飛行になると思いきや、ハンガーでインストラクターに鍵をポンと渡され、

「はい、エンジンかけて〜」

ですからね!!!
ひょっとしたら上空で少しぐらい触らせてもらえるかもしれないと思っていた所を大幅に期待を裏切る大サプライズ!!!

ホノルルの端の貨物滑走路(それでも3000mぐらいあったはず)までタキシングして、インストラクターがタワーに許可取ったら離陸。
それももちろん私が!!!

思えば、私は左に座っていたんですね〜。

「ローテーション」の合図で操縦輪を引くと「フライトシュミレータよりも簡単に」飛んでしまったのです。
(いや、当時はマジでそう感じてしまったわけで。今思えばガク引きのヨタヨタ上昇だったんですが。)

もちろん、大事なところはインストラクターがコッソリフォローしてくれていたんですが、「私も飛べたんだ!!」という感激でいっぱいでした。

その時は本気で仕事を何ヶ月か休んでハワイで免許を取ることを考えましたよ。
もちろん実現しなかったから今こうなっているわけですが…。

ともかく、多分今まで知識だけのシュミレータの中での「飛ぶ」という事がリアルに結びついてしまったわけです。

そんなわけで、30を過ぎて私は「空は手が届かない夢じゃない」と気が付いてしまったわけです。

----

[[Flight Logに戻る|Flight Log]]