!!!いらないんじゃないの? 私は非常にマンガが好きだ。 別に「活字アレルギー」ではない。かなりの量の文庫本も読むが、それでもやっぱりマンガが好きである。 マンガは「紙の上のマルチメディア」であり、時には文章だけよりも多くの情報を得る事ができると思う。 特に、「人物」としてのイメージが「絵」として存在するので、歴史や伝記のマンガは歴史に興味のない人間・人物を全然知らない人にとても効果的だと思う。 (実際、私の歴史好きは「マンガ・日本の歴史」から来た所が大きいと思う。 最近は「マンガ文庫シリーズ」が各社から発売され、往年の名作を手軽に楽しむ事ができる。 別に「初版本のプレミア」とかそういったものには全く興味がないので、古本屋を梯子しないでなつかしのマンガが読める「マンガ文庫」は儲けモノである。 個人的嗜好の問題になるかもしれないが、昔のマンガはいわば「古典」であり、現代のマンガをただ漫然と楽しんでしまわない為には是非とも読んでみるべきである。 また、古いマンガにはその作者の「若さ」とか「目指している世界」がストレートに描画されている事が多い。確かに経験を積んだ後の円熟の凄みをもつ名作も少なくはないが、意外ににマンガ作家のデビュー作やブレイク作は後から読み返しても楽しいものがある。 一例では寺沢武一の「コブラ」がある。Buichi氏は「コブラ」の後も「ゴクウ」「バット」「カブト」など、西部劇と和製剣劇と宇宙物を足して3で割ったような作品をリリースし、最近ではオールCGによるすばらしい作品を執筆している。 が、私はBuichi氏の作品の原点は全て「コブラ」であると思っている。 スーパーマンが勧善懲悪でバッタバッタと冒険を続ける物語、というか、氏の世界は既に「コブラ」の中で完成している。 CGやら実写などを導入していたとしても、彼の世界は「コブラ」の匂いがする。 最近ゲリラ的に「SUPER JUMP」で「コブラ」の新編が公開されているが、20年近い年を経た今でも「コブラ」の世界が色あせる事はない。20年前そのままの「世界」が2000年の現代に「続いて」いる。寺沢武一氏の「コブラの世界」への思い入れの強さに驚嘆せざるを得ない。 ……って、今回は「Tsubasa的マンガ論」ではなかった。そうではなくて、本屋に波紋の一石を投じたかったのだ。 脱線しまくってしまったが、ここからが本編です。(謝) で、私は週末は必ず本屋に立ち寄って雑誌やら新刊やら文庫マンガをチェックしている。もちろん全て立ち読みするわけではないので何冊か気に入ったものを購入するが、大きな本屋に行けば行くほど混雑している。 「当たり前ではないか!」と言われればそれまでだが、それでも気に入らないのである。 何が気に入らないか? ズバリ「袋」と「カバー」である。 まず「袋」。 何で「*****の結婚案内所」とかが入っているのだ? 本を買いに来る人間は全て適齢期の独身者なのか?仮に適齢期の独身者だとして、結婚せねばならんのか?少なくとも「本屋の袋」に心配されたくない。大きなお世話だ。 また、あれは誰が入れてるのだ?本屋の店員さんか?だとしたらそんなものを入れる暇があったらその分まけてくれ。本屋に言っても無駄なのだろうが。 あと、駅ビルの某・大型書店のチェーン店、絶対見に行かない展覧会のチケットを入れるな!チケット入れるならしおりを入れるのを忘れんでくれ!! 最も、何か紙を入れてくれるとしたら私は真っ先に「紙幣」をお願いするが・・・・・・。 次に「カバー」。 なんでカバーを付ける必要があるのだ?ひょっとしたら本の表面には人間の脳みそを侵す毒物が塗ってあるから触れたら危ないのか?自分らの売った本が我々の手垢にさらされるのがそんなにイヤか? 大体、99%の文庫本には最初から「表紙」がついてるじゃないか!その上にカバーをするという事は「表紙」の存在意義は何なんだ? ある文庫のシリーズでは「紙資源がどうのこうの……この本は再生紙を使用しております」って謳っていたって、カバーだって紙じゃないのか?なんか言ってる事とやってる事が矛盾してないか? 大体、「カバーはお客さんが付けて欲しいて要望が強いから」って言うらしいけど、カバー付けてもらう客、お前等はそんなに恥ずかしい本を読んでいるのか? 別に貴方がどんな本を読もうと私はしったこっちゃないから、「表紙の上にカバー」なんていう大バカ行為にはやく気づいてそっちを恥じてくれ。 別にアンダーグラウンドな本でもエロ小説でも、どうしても読みたいんだったら「堂々と」読め!隠れて読みたければ私の目に付かない所でよんでくれ。目の前で隠れて読まれると気持ちが悪い! カバーなんてどうせ家の本棚に入れるときに外されちゃうんだから。無駄でしょ?本棚に入れたときに全部カバーがついていたらどれがどの本だか全然わからないでしょ? もちろん、カバーをかけないで表紙を裏ッ返してつけている人間も同じ。人に見られたくない本だったらトイレの中で読みなさい。 表紙作家は泣いているぞ。 さらに、本屋の店員! お会計する人の他に「カバー係」を作って、有無を言わさずカバーをかけるのはやめてくれ! しかも恐ろしい勢いでカバーをかけようとしている所へ「あ、カバーいらないです」って言うと「ケッ、もっと早く言いやがれ」ってカオして睨まないでくれ!私は一言も頼んでいないぞ!お前が勝手にやったんじゃないか。 別に本のカバーかけが早くなったからってだれも敬ってくれないぞ。念のため。 大体、なんで「たかだかマンガ」にカバーだの袋だのつけるんだ? いいんだよ、マンガなんて単なる娯楽なんだからそのまま渡して。駅のキヨスクを見習えって言うんだよ。信じられない所になると週刊のマンガ雑誌買っても袋に入れようとするもんね。もちろん袋用のゴミ箱は店の外に用意してあるんだろうな? ゴミのポイステは横浜市では二万円以下の罰金だぞ。 ちなみに、「文庫本」は元々、ハードカバーの本を大量生産し、安価で誰でも読み捨てられるように考え出されたものだぞ!あなたは週刊誌にカバーを付けてもらいますか?付けてもらわないでしょ?だったら文庫本にカバーを付けてもらうのは今日からやめよう!! 文庫本だって歴史と存在意義があるはずだ。 さあ、貴方も本屋で勇気のある「NO」を!!