!!!2007年11月の駄文 !2007年11月20日……「生産技術」というノウハウ 今の勤務形態、言うところの「常駐」ってヤツなんですが、結局のところ「助っ人」、悪く言えば人足貸しみたいなもので、結局のところ「ウチのプロジェクトで人が足りないから、一人頭月額xxxx円で貸しておくれ」ってなもんである。 即時解雇される心配が少ない派遣みたいなものか。 身分としては正社員だが「自分の会社」で働いた期間は勤続4年のうち3週間弱しかない。 まあ、IT業界ではそんなに珍しくない事だが最近ちょっと物悲しさを感じるようになった。 別に自分の身分とか収入を嘆いているのではない。 むしろ、別の常駐先に移るたびに「また同じこと」をしなくてはならない事と、自分の実力とかノウハウを100%出す事が「できづらい」勤務形態であるからだ。 「また同じこと」とは、常駐先のプロジェクトの固有のお決まりごとにアジャストすることだ。 常駐先は毎回全く別の会社なので、プロジェクトの進め方からバグ票の切り方、工程の呼び方から工程の区切り方まで全然違う。 プロジェクトメンバー個々のプログラミング(コーディング)のレベルから社会人としてのレベルまで本当にマチマチである。 極々基本的なことでは当然ながら新しい常駐先に来れば同じく働く人たちの名前を全員覚えなおさなくてはならない。 同じ言語で似たような最終的な実行環境(ターゲットプラットフォーム)なのに開発ツールがまるで違ったりする。 社内ITの管理ポリシーが全然違っていて、お気に入りのテキストエディタひとつすらインストールできなかったり、お昼ご飯を食べながらブログを巡回していたらエロでもアナーキーでも2chでもないページがフィルターにひっかかって警告が出たりする。 で、結局そのような環境へのアジャストを終えてプロジェクトになじみだすことには大体1ヶ月とか2ヶ月が簡単に過ぎている。 その頃にはもうこちらから本当にプロジェクトの生産効率を上げるための提案をできるような期間は過ぎ去って、ただひたすらデスマーチ回避の為の日々の闘争が繰り広げられるのみである。 また、自分のノウハウを出しづらいというのは、結局自分が「部外者」のままで常に仕事をし続けないとならないということである。 例え常駐先で現地の主任並みの権限が与えられたとしても所詮「よそ者」なのである。 プロジェクトに区切りがつけばいずれいなくなる人間なので、ウマがあわなくても考え方が合わなくてもしばらく我慢していれば「過ぎ去ってしまうこと」に過ぎない。 正直なところ、自分が今関わっているプロジェクトがコケて製品の品質がグデグデになろうと、私には全く関係の無いことである。 よそ様の会社の作ったよそ様の製品で、私はそれを作ることにちょっと手を貸しただけの「人足の一人」に過ぎない。 しかし、人足の一人である私が時に常駐先の管理職クラスと談判してまでおせっかいを焼くのは偏にプライドの為である。 自分の地位の為ではなく、単に「いいものを作りたい」という職人の意地である。 でも、職人の意地が出来上がるまでの間、まだ職人になれていない新人は自分の働く為の目標を失わずにいられるのだろうか? 単にお金や社内評価の為や自分のキャリアパスの為だけでは絶対に生き残れない。 単に「いいものを作る。自分が触れたプログラムにカスなものだけは絶対に残さない」と最後の一人になっても抵抗し続けて戦い続けることだけがある意味この業界で生き残る絶対条件だと私は考えている。 キャリアを積んで司令官になるのもいい。 仲間を作って現場指揮官になるのもいい。 でも私は多分どこかで「最強の軍曹」を目指すことを選んでしまったのかもしれない。 そんな私が唯一できることは、そしてやり続けていかなくてはならないのは、 「口からクソをたれる前と後に『サー』とつけろ!」 「ジジイのファックの方がまだ気合が入ってる!」 と新兵のケツをけり続けることなのだろう。 {{comment}} ---- {{trackback}} [[新・Tsubasa's日記(駄文)]]に戻る