!!!発言は気合を込めて! 何だカンダでこの「日々雑感」もそれなりに増えてきた。 最初は「茶化したアホアホな文章をUPして人様を笑わせてやろう」というたくらみが多分にあったはずなのだが、何時の間にか「正論の暴挙」になりつつある。 まあ、きっとこういうものを書いて人様に「反論のできない暴言」を叩きつけて悩ませてやろうという企みがあったから、なるようになったといえばその通りだろう。 しかし、「日々雑感」みたいなページはインターネット上に多数存在するようである。 ほとんど「個人日記」みたいなページから、「オタクのひがみ」みたいな文章まで数々の「雑感」が散在しているらしい。 私はあまりWebをうろつく方ではないので、そんなにたくさんのページを見たわけではないが、「普段言えない事をどこかの誰かに見て欲しい」という流行みたいなものがあるのだろうか? それはそれでほのぼのしていてとてもいい事だと思う。所詮「インターネット」というのは「仮装世界」なのだからどこの誰が何を言おうと、舞台の上の殺人なのだ。人が血を流して死んでいても119番回す人間はいないだろう。 が、そんなインターネットのルールを踏みにじる人間も存在する。 一時爆発的な流行を見せた「告発サイト」と、日本の公官庁のホストに進入して「南京大虐殺を謝罪しろ」とか流した連中だ。 どちらも別に彼等の訴える内容に文句をつける気はない。某大手電機メーカーでの応対が納得行かなかったり、戦争の遺恨なんていうのはどこにだって転がっているだろう。(こういう言い方をすると真剣に告発に取り組んでいる人には失礼かもしれないが。) だが、そのような「マジ」な情報は便所の落書きの様に公表するべきではない。 告発サイトも戦争責任も、それを行なう事によって社会に大きな一石を投じている事を忘れないで欲しい。 告発された企業にだって家族を抱えた多くの従業員がいる。戦争にしたって「国家の為」といわば騙された形で罪を犯してしまった悩める元軍人はたくさんいるのである。 確かに言った方はそれである程度自分の主張も世間に伝わるかもしれないし、何よりウサが晴れるかもしれない。だが、「意見」というものは一方通行であってはならないはずである。 その「意見の問題性」が強ければ強いほどそれを発信する「責任」は大きくなるはずである。 誰も傷つけない意見なんて所詮どうでもいい事なはずだから。 大体、そんなに重要な事で自分が絶対に正しいと思っている事だったら堂々と自分の素性を明かして声を大にして発言すればいい。 こそこそお役所のコンピュータをハッキングしたり、無料のホームページスペースに消されるの覚悟で作られた告発サイトに誰が信頼をおくだろうか? 私が先ほど「トイレの落書き」と言わせてもらった理由はここにある。 意見がきちんと正面切って言えないヤツは意見を言う資格がない。 例えそれがどんなに正しい事であってもだ。 便所に落書き書いて人の品性だけを影で攻撃しようとするやつは、その発信する情報の品性を疑われてもしょうがない。 確かに「正しい事が言えない世の中だ」という人もいるだろう。 しかし、「正しい事が言えない」のと「無責任にいい逃げする」のは明らかに違うだろう? 本気で正しいと思う事なら、発信した後もきっちりと意見・反論と受け取る構えを作って徹底的に交戦しなさい!! 石を投げておいて群衆に逃げ込む人間は断固として許されるべきではないし、そんな愚劣な人間を群集は断固として受け入れるべきではない。