胃カメラを飲もう!【後編】
で、運命の胃カメラ当日が来た。
正直な所、私は結構不健康な人間である。
タバコは吸う、夜更かしはする、運動はしない、車ばかり乗っている、肩こりはひどい……etc。
が、何事もほとんど気にしないので、ことさらに「○○病です」とでも言われなければ何ともない。具合悪いのにある意味で慣れてしまっている。
「人間20余年も生きていれば何か1つや2つ故障箇所が出るのだ」と笑い飛ばせる。
が、メンタル面で弱い所があり、「プレッシャー」には弱いのかもしれない。
「胃カメラ飲みます」というだけで胃潰瘍になりそうだ。
前日の夜から食事も飲み物も摂らずに先週の病院へ行った。
5分ぐらい待たされた。テレビでは「はなまるマーケット(by TBS)」をやっていた。実家から会社に通っていた時によく見ていた番組である。薬丸君はいつからあんなに「ほほえましいパパ」になってしまったんだろう……。一応アイドルだったのに。岡江クミコとの息がぴったりである。
診察室に呼ばれた。看護婦さんは先週私の腕に注射器を刺しっぱなしにした、ベテラン△△さんである。
知っている人で安心するような、不安なような……。
先生は先週と違ってもうちょっと若い感じの小太りな先生だった。
目がとっても眠そう。今にも目をこすっちゃって「いやあ、昨日は2時まで歌舞伎町で飲んでたよ」とか言い出しそうである。
お願いだからそれはカンベンしてくれ。まあ、酒くさいわけではないので、単純に朝に弱いのだろう。そう願おう。
診察室に入るなりいきなり黒い物体が目の前に吊り下げられてある。そう、移動式ラックにかけてある胃カメラである。
「9mmだからそんなに苦しくないですよ」なんて先週の先生は言っていたが、根元は明らかに2cmぐらいの直径がある。
どうやら唯一の楽しみであった「モニター」はないようだ。自分の胃の中を見る機会がなくてがっかりでである。
でもなあ……これから私を苦しませる機械を目の前にこれ見よがしにぶら下げといて、こっちの気も考えろいってんだい!!
既に気分はかなりブルー。
映画「エイリアン」で口からエイリアンの子供が飛び出すシーンがあったような気がしたが、きっと脚本家とSFXの作家は胃カメラを念頭においてイマジネーションを膨らませたに違いない。
最初に腹部エコーを取った。ゼリーが冷たい。
某ホームページに「胎児の成長記録」みたいな事が書いてあって腹部エコーの画像がUPしてあったが、それにそっくるである。
正確に言えば私のお腹には胎児はいない(はず)なので、胎児のエコーとは違うはずなのだろうが、はっきり言ってわからない。
あんな不鮮明な画像で病気が判断できるとすればたいしたものである。
肝臓、胆嚢、すい臓には異常はないそうだ。はあ、そうですか。それしか言いようがない。
なぜなら次は胃カメラだからである。
まず、「胃をきれいにする薬」をキャップ半分ほど飲む。「おいしくないですけど一気に飲んで下さいね。」って言われても、「水分もなるべく摂らないで下さい」って言われていたのどに、そんなドロドロした苦い液体がすんなり通るはずがない。
まあ、多分飲めたと思う。食道で蒸発したかもしれないが。
次に「のどの麻酔薬」を飲む。「うがいをするあたり(喉仏の下あたりを指差して)で2分ぐらい止めて下さいね。」って、できるか!!そんな事!!
でもやる。これがうまく行かないとかなり苦しむらしい。
だんだん舌の付け根と喉のあたりがしびれてくる。どこに薬が止まっているのかわからなくなってくる。多分飲んでしまったのだと思う。害はないらしいが。これもすさまじく苦い。おまけにしびれる。
水を飲む鳥のような間抜けな格好をしている私のシャツの袖を何者かが「まくる」。冷たいな〜と思っていると、いきなり「ブスッ!」。
麻酔の筋肉注射である。不意討ちを食らってしまった。でもそんなに痛くない。筋肉注射は血管注射と違って「液体注入しています!!」という感覚がリアルに伝わってくる。ちょっと腕の中が冷たい気がする。
で、横になって、いよいよ胃カメラ挿入である。
病院枕(と、私が勝手に命名した、黒い皮張りのブロック)に横向きに頭を乗せ、口の下の方に手術の時に血のついた脱脂綿を乗せるようなヘチマみたいな形をしたステンレス皿を置き、穴のあいたおしゃぶりをくわえさせられる。
「胃カメラが入ったら、よだれとか吐いたもの(?!)は全部飲みこまないで出しちゃって下さい。遠慮なく。」
って、遠慮なんかする暇あるのか?
「エイリアン」を先生は手に取り、機械のスイッチを入れる。多分吸引機だと思う。家庭用のピクルス壺みたいな容器がチューブでくっついている。この容器は先週待合室で看護婦さんが運んでいるのを見かけた。確か半分ぐらいに黄色い液体が入っていたのを捨てに行っていた……。背筋をありもしない汗が流れ落ちる。
先っぽにグリス(なわけないが)を付け、おしゃぶりを通して喉に胃カメラが入ってくる。そんなに苦しくはなかった。胃に物が入っているわけではないので、嘔吐感はそんなにない。でも結構痛い。というか、通りが悪い。グリスの量が足りなかったんじゃないの?
先生はそれでも「グイグイ」と胃カメラを押しこんでくる。掃除をされるパイプというのは多分こんな気持ちなのだろう。(←村上春樹風考察)
胃カメラには10cm毎に目盛と数字が書いてある。目の前の数字が段々大きくなっていく。大体50〜60ぐらいの間をウロウロしている。何とか胃に届いたようである。おえっ。
先生は手元のレンズを覗きながらダイアルだのつまみなどを動かしながら観察している。
想像の世界だが、多分レンズの先を動かしていろんな方向を見たり、ピントを合わせたりしているのだろう。
時々何かが胃袋の内側からお腹のほうに向かって突っつくのがわかる。
意外と胃袋は敏感ならしい。
この頃になると、涙ボロボロながら何となく安定してくる。深呼吸する余裕も出て来るが、何分喉に管が通っているのでうまく呼吸もできない。「鼻で深く息をして下さいね」って言われても、結局鼻も口も喉に繋がってるんだってば。
しかし、平安は長く続かない。
先生は思いっきり力をこめて胃カメラを更に奥の方へ突っ込み始めた。かなり痛い。持病の胃痛がおこって吐き気がしたような時とそっくりだ。無意識に体がのた打ち回ってしまう。
胃袋の底の底に胃カメラの鈍い抵抗がある。「そんなにくっつけて見れるんか?!」そう思っていたが、先生はそんな事お構いなし。レンズを覗きながら「グイグイグリグリ」と胃カメラを突っ込んでいく。
目の前のケーブルの目盛は80cmを超えている。一体どこにいれてるのだ?胃の中でとぐろを巻いているんじゃないのか?
先生はレンズにカメラを取り付けて写真を撮り始めた。カメラをつける手際がヘタクソで、「ちょっと貸してみぃ!」とやりたくなる。でもちょっとでも喉に力を入れるととんでもない吐き気が襲ってくる。
喉というものは意識して止めていなければ勝手に物を中に送ろうとする。でもそれが胃カメラでうまくできないので吐き気になるようだ。「おとなしくしよう」と意識を集中していれば串刺しになっていても結構耐えられるかも。
「はい、じゃあ、後は抜いていくだけですからね〜」と言われたが、実はそこからが結構辛かった。
確かに先を回しながら観察しつつ、時々写真をとりつつ、少しづつカメラを抜いていくのだが、何を思ったか、時々また押しこむのだ。入れたり出したり。
これがかなり辛い。本当に辛い。「もういい!やめてくれ〜〜!!」手は知らず知らずのうちに恐ろしい力で握られていた。
腱鞘炎のせいで思うように力が入らないのに、今はそんな事構っていられないようである。
追い討ちをかけるように先生がとんでもないことを言う。
「ちょっと空気入れますからね〜〜。ゲップ我慢して下さいね」
「(できるか〜〜〜!!ボケェ〜〜〜〜!!!)」
と声にならない叫びを発している間にも頭上のコンプレッサーの作動する音がする。胃の中に物が入って「プーッ」と膨らんでいくのがわかる。
はっきり言って「膨満感」というより「圧迫感」に近い。ゲップをしたいというよりかは吐きたい。
で、パンパンになっている胃の中でカメラが首を振っているのがわかる。たまらん。
ゲップが無意識に開放されてしまったが、食堂は既にカメラのケーブルでふさがれてしまっている。
死ぬほど苦しいゲップである。
「あ、出ちゃったね」って先生はまた手元のつまみを回す。再びコンプレッサーの作動音がする。
何度かそんな事を繰り返す。自分の頭が白髪になってるんじゃないかと心配になってくる。
ほとんど拷問の世界……。
やがてそんな事を繰り返しながら目の前のケーブルの目盛が50cm…40cm…と短くなっていく。後は一気に引きぬかれた。
最後に得体の知れない泡が出てきた。カニさん状態である。
喉の奥が酸っぱい。これは後で気づく事なのだが、ケーブルで喉の奥が擦れていて、相当荒れていたようだ。2、3日風邪で喉をやられたような症状に苦しむことになるのだが、このときはまだ麻酔が効いていてその事には気づいていない。
「はい。じゃあ、終わりましたので座っていいですよ〜」
と、気楽に言われてもそんな事すぐにできる状態ではない。
こんな事言ってしまうと女性養護団体から抗議が来てしまいそうだが、その時の気分は「集団レイプの被害者の気持ち」である。
茫然自失。目の前に自分の魂の白いもやが揺れているのが見える……。
とりあえず何とか自分を取り戻して、よだれ(本当によだれなのか?)と涙を拭いて、診察台に座る。
麻酔と注射と脱力感で気分が朦朧としている。窓の外の青空が目に刺さる。
先生は既に机に戻っていて、カルテに書きこみをしている。
「お疲れ様でした。え〜っと、Tsubasaさんの場合ですね、(胃の写真のいっぱい写った紙芝居のような資料を指差して)、これぐらいの感じですね。」
と、「ちょっと荒れ気味な胃の内面」という写真を指差した。
「この様に赤い線が見えるのが特徴ですね。まあ、これぐらいなら誰でもあることなので、気にしなくていいです。」
おい!私は「気にしなくてもいい」事の為に今まであんなに壮絶な状況に耐えたのか?!?!?!(怒)
「さすがにこんなのとか、こんな風にはなっていません。(笑)」
と、ミイラの内視鏡写真のような状態にただれまくって変質しきった胃袋の写真を数点指差す。
そんな状態になっていたら既に死んどるわい!!
「あと、十二指腸の方に潰瘍の治った跡がありましたね。こんな感じです(写真を指差す。指でつついて縮こまっているイソギンチャクのようだ)。こっちの方はもう問題ないですね。」
おい、だれが十二指腸までカメラ突っ込んでいい言った?!?!許可を取れ、許可を!!(怒)
道理で80cmも胃カメラが入るわけだ。
ちなみに、奥の奥までカメラを突っ込んだ時の胃の不快さは、持病の胃痛の時の感覚にそっくりだった。
胃痛だと思っていたのは実は十二指腸痛だったのかもしれない。
(※医学生の弟によると、十二指腸潰瘍というのは、ストレスや暴飲暴食ではなく、細菌によってできることが多いそうだ。ちゃんと薬を飲んで完治しないと何度でも再発するらしい。……思い当たるふしがあるなあ……。)
「まあ、とりあえず薬出しておきますので、飲んでみて下さい。1週間ぐらい経ったら経過を見てみましょうね。」
「あの……来週も胃カメラですか?」(結構真剣)
「いやいや(笑)そんな事はないですよ。予約入れておきましょうか?」
「……いや、来週はちょっと忙しいのでまだわからないです。」
「じゃあ、1週間分ぐらい薬出しておきましょう。胃壁の保護剤を……毎日3回。胃酸を抑える薬を……毎日1回……いや、2回にしておきましょうかね。」
「(そのサジ加減は一体何の根拠からそうなるのだ……?)」
「まあ、何はともあれお大事に。」
と、フラフラと診療室を出てきた。
はっきり言って、今の方が病人らしく見えるだろう。
麻酔と注射のせいで何となくまだフラフラチカチカする。
待合室のテレビでは「ほんの昼飯前」が終わる時間だった。峰竜太の笑顔がまぶしい。
薬を受け取って会社に戻った。
いつもは薄暗く感じる社内でさえ、何だかまぶしく感じる。
胃の動きを抑える注射の副作用らしい。冷水機の水を飲んで、タバコを一服。
まだ喉の奥が酸っぱい。タバコがまずい。
当然会社の同僚からは同じような質問が来る。
「どうだった?大丈夫だった?」
でもその声は自分意外の誰かに言っているように聞こえる。
いつの間にかタバコの灰が2cmぐらいになっている。
「じっちゃん、燃え尽きたよ。真っ白い灰になっちまったよ……。」
しばらく喫煙所のパイプ椅子にうなだれて矢吹ジョーになっていた。
結論:胃カメラは体に悪い。病気になる方がよっぽど楽だ。
最終更新日時:最終更新時間:2005年08月02日 12時07分58秒
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